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社団法人 日本ピアノ調律師協会北海道支部平成18年度事業 "4月4日はピアノ調律の日" 記念レクチャー&コンサート |
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シュタインとシュトライヒャー 2005年11月 山本宣夫 今回の企画は、ピアノの打弦機構の変遷、すなわちピアノの構造と音の響きの関係が、その時代のピアノを演奏する作曲家たちの嗜好に影響を与え、どのような独自の音楽を生み出したか、2台のフォルテピアノを使ってその時代の作曲家の作品を通じて探ろうとするものである。 前半は、5オクターブのシュタイン・モデルのフォルテピアノを使って、小さいボデーに革で巻かれた小さなハンマーを持つ18世紀末の5オクターブのピアノから、モーツァルト、初期ベートーヴェンの魅力を再認識してみたい。 1700年頃、イタリアでピアノが誕生し、まもなくドイツでも、そのコピーが試作され、その後のドイツにおけるピアノ製作の歴史の幕開けとなった。モーツァルトが1777年に、ヨハン・アンドレアス・シュタインのフォルテピアノに出会い、その性能を絶賛したことは、「モーツァルトの手紙」からも周知の事実である。そして次第にドイツばかりでなく、イギリスでもピアノ作りは盛んになっていったが、それに引き換え、この頃からチェンバロは、ピアノの魅力に押され、しだいにその姿を消すこととなる。その後、ドイツで製作されたピアノとイギリスで作られたピアノは、それぞれ違った打弦機構を持つものとなり、それぞれ、ドイツ式、イギリス式と呼ばれる。そして、この2種類の打弦機構は、19世紀中頃まで併存した。 今回使用のヨハン・バプテスト・シュトライヒャーは、それまで作られていたウィーン式打弦機構を備えるシュトライヒャーのピアノとは大きな違いを持つもので、このアングロジャーマン・アクションと呼ばれる独自の新しいパテント・アクションを備えている。このドイツ、イギリス折衷式新方式の打弦機構は、シュトライヒャー独自のパテントであるため、他のメーカーは、採用できなかった。 ピアノの変遷には、音域の拡大、ハンマーヘッドの形状、そして、組成材料が大きな役割を担っていて、その時代のピアノの特徴が作曲家の音楽の特徴とも一致しているといえよう。 |
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